思うこと
枯れた木を緑にする力
年老いた両親。
父は、糖尿病をはじめ複数の病気を抱えながら入院中。耳も遠くなり、満足に会話ができない。
母は、腰が曲がり、足腰も弱く介助なしではあまり歩けない、心臓も持病を持ちながら、現在は自宅で。
先日、両親と話をした時。
父は、弱くなった自身を嘆き、愚痴を○○(私のこと)にばかり聞いてもらって申し訳ないな…と言っている時の表情を見て、今自分は父のために何ができるのかと自問自答。
母は、昔から恐ろしく前向きで、職場の中でも皆の心のよりどころになっていたのを知っている。病気を抱えながらも、それは今も変わらない。
○○(私のこと)は、色々なことがあったけど、乗り越えて来た強さがある。
枯れた木を、緑にする力がある。
「今私と話していることを、多くの皆の前で話してほしいくらい」と言ってくれ、全く不甲斐ない私に、言葉にできない力を与えてくれる。
父と母の息子として産まれ、もう60年以上の時間が経つ。
年老いた両親の、それぞれの言葉の深い部分に、書くことはできないけれど、鮮明に映像として流れる感情、それが頭の中でエンドレスで再生されている。
この世に、両親のもとに生を受けたことに深く感謝することしかできない、恩返しすることができていない。
最近、「これが最後の会話になるかもしれない」という気持ちなる。
これは、両親が私に教えてくれていることのように思った。
日々の生活や仕事面では、皆当たり前のように次があるように思っているけれど、今のこの機会が次もまたあるとは限らない。
それならどうするか、それを常に頭において生きて行きなさいと、そう教えてくれているような気がする。
yamamoto.